今年50歳になります。
とかく鬱屈した気分になりがちなアラフィフという年代。この不毛な年代を生きています。
常に体調がすぐれない。健康な状態がノーマルでそうじゃないのはアブノーマルだとすり込まれているから、この体調が悪いことに納得がいかない。実は不健康であることこそが当たり前なのかもしれないんだけど。
物事が思い通りに進まない。物覚えが悪かったり、書類を読むのに老眼鏡を探す時間が不可欠だったり、指先の動きが遅すぎたり。前はこうじゃなかったという思いに支配され、イライラがつのる。
子育てはもっとも厳しい局面を迎える。自分は人生の主人公ではない。親という立場で、子の人生を必死で生きる。それはそれですばらしいことだし、今の時期はそういう役割を喜んで引き受けてやろうと思ってはいるけれど、どこかで暗闇のトンネルで出口の光を探しているという自分がいないわけではない。
「老い」というものがリアルに迫ってきていて、その「老い」が来る前におのれの人生の成果をちゃんと出しておきたいと思う。どこかに焦る気持ちが巣くっている。
がんばれがんばれと誰かが言う。まあ、後になって笑って思い出すようなことかもしれないな。
五木寛之さんの「人間の関係」という本の中に、40代の後半から50にかけて鬱状態におそわれた話が書かれてありました。その時に「歓びノート」というものを作って、毎日その日に起こったうれしかったことを書き、必ず「・・・・がうれしかった」と記して一日を終えるようにした。些細なことでも何でもいい。書き記し続けていったら、次第に長年の鬱状態から解放されていくような気配を感じたとのこと。
やってみるしかないでしょう。
今日はいいこと無かったんだけど・・うーんと・・・えーっと・・。
今日は家族みんな元気で過ごせたからうれしかった。いい一日だった。
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